• 『海の向こうで戦争が始まる』(1977/村上龍

 昔の友達のことを思い出した。「俺が生きている時は注射針が腕に刺さっている時だけだ。残りは全く死んでいる。残りは注射器の中に入れる白い粉を得るために使うんだ」歩きながら、小説は麻薬そっくりだと思った。村上龍の第2作『海の向こうで戦争が始まる』。代表作ではないが、傑作だと思う。処女作『限りなく透明に近いブルー』よりもずっと小説として優れている。繰り返し読みたい小品だ。ラスト付近、ようやく戦争が始まるその瞬間、大佐と兵士の描写はとても簡素だ。

 上級の学校へ行くために下らない授業を受けることももうないぞ、職を失わないようにと嫌な奴に頭を下げ毎日同じ乗り物で豚のように勤めに出る必要はもうなくなったんだ、女のために言葉を探すことも泥酔して夜の町を歩くこともない、お前達はこの巨大なゴミ捨て場を美しい荒地に戻すんだ、ゴミ捨て場の腐れた土の上でのたうちまわるのはもうやめるんだ、大丈夫さ、大丈夫だよ、おい、お前やってみろ、あの子供を連れた女を刺してみろ、それで全てが新しく始まる、早くあの女の喉を刺してみろ、早くやらないと、もうすぐ全てが終わってしまうぞ。
 フリルのついたブラウスを着ている女の子、その手を引いた若い母親の前に兵士が現われ、彼女の喉に銃剣で穴を開けた。

海の向こうで戦争が始まる

海の向こうで戦争が始まる