『海の向こうで戦争がはじまる』が傑作だったので、その前作の『限りなく透明に近いブルー』を再読していた。旅の読書に適当とは言えないが、この処女作中に『海の向こうで〜』の原型となったはずの主人公リュウの妄想がある。

 ある時、火山に行った時ね、九州の有名な活火山に行った時ね、山頂まで行って噴き上げる火の粉や灰を見てたら急に宮殿を爆発させたくなったんだ。いや火山の硫黄の匂い嗅いだ時にはもうダイナマイトに繋いだ導火線には火がついてたよ。戦争さ、リリー、宮殿がやられるんだ。医者が駆け回り軍隊が道を指示するけどもうどうしようもないんだ、足元が吹っ飛ぶんだ、もう戦争は起こったんだから俺が起こしたんだから、あっという間に廃墟だよ。

 この妄想が第2作で「現実」になったわけではない。『海の向こうで〜』は、現実と妄想の狭間が最後まで曖昧だった。意識が崩壊していると言ったらよいか。作品の終盤、タイトルが1度だけ登場する。

 血を縁に残したガラスの破片は夜明けの空気に染まりながら透明に近い。
 限りなく透明に近いブルーだ。僕は立ち上がり、自分のアパートに向かって歩きながら、このガラスみたいになりたいと思った。そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたいと思った。僕自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。

 「ガラスみたいになりたい」とリュウは思う。既に自意識が揺らぎはじめている。ドラッグや乱交に明け暮れなくとも、この感覚は誰もが経験している。とはいえ、現代的な「無関心」ではない。リュウははっきりと欲望を持っている。思えば、村上龍はずっと欲望を書いてきた。この秀逸なタイトル、草稿段階では『クリトリスにバターを』だった。

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

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