コンビニ、居酒屋、公園、カラオケルーム、披露宴会場、クリスマス、駅前、そして空港。かつて『希望の国エクソダス』で「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」という台詞を中学生に言わせた村上龍が、これらどこにでもある場所で鬱屈している人間の希望を書いた短編集。
 希望とは、将来が今よりも良いものになるだろうという思いだ。ある主人公は、最後に海外へ出ることを考える。エクソダス、半島を出よ、それは希望に繋がる数少ない手段である。かつて『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』として発売されたが、『空港にて』と改題。僕はこの小さな本が本当に好きだ。

 お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄はぼくに言った。オヤジやオフクロや教師の言うことを信じたらダメだ。あいつらは何も知らない。ずっと家の中とデパートの中と学校の中にいるので、その他の世界で起こっていることを何も知らない。ああいう連中の言うことを黙って聞いていたらおれみたいな人間になってしまう。おれはもう何をする力も残っていないんだ。まだ二十歳なのに何かを探そうという気力が尽きた。でもちょっと遅すぎたがまだ気づいただけましだと思うよ。これでテニスとかスキーの同好会に入ったりして適当に大学を出て、オヤジみたいにデパートとかスーパーに就職したらもう本当に終わりだった。オウムに入った連中がおれはよくわかるんだ。気力がゼロになると何か支えてくれるものが欲しくなる。何だっていいんだよ。やっとわかったんだけど、本当の支えになるものは自分自身の考え方しかない。いろんなところに行ったり、いろんな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしてももう遅いんだ。自分で決めつけるのも変だが、よく戦争映画なんかで自分が死ぬことがわかるやつが出てくるだろう。からだ中から力が抜けて、寒くてたまらなくて、深い穴に吸い込まれるような感じがして、自分がもうすぐ死ぬことがわかるんだけど、あれと同じだよ。

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)