• 『走れ!タカハシ』(1986/村上龍

 高橋慶彦という男を知っているだろうか。オレは知らない。元広島東洋カープの選手だ。日本シリーズでMVPにもなっている。3回も盗塁王になっているのだから、きっと足も速い。逃げ足も速いだろうから、食い逃げもしてると思う。『走れ!タカハシ』は、村上龍の初期短編集でかなり異色だ。どの短編の中でもタカハシが走っている。まるで盗みの神ヘルメスのように走りまくっている。そして、マスターピースに認定したいほどおもしろい。どうせ誰も読まないだろうからタイトルだけでも感じてほしい。

  • おまえ、いいな巨人戦も観れるんだろ?
  • まったく一体どうなっているだろう?
  • 海へ行って陽焼けをしてきただけではだめで、ただ女をモノにできなかったということだけでオレだけどうしてこう差別されなければならないのだろうか?
  • カウンターで飲んでいる時、いつも思うのだが、バーテンダーというのは何と崇高な職業なのだろう
  • お前にはさのうがない、とコーチは言った
  • 「調書を全部何回読んでも、わからんことがある、どうしてお前はあの女を殺さなかったんだ?」
  • 新学期が始まった
  • 「あなた、なにかスポーツやってました?」
  • 私は小説家である
  • あれはちょうど一年半くらい前のことだった
  • オレは十七歳だが、とても忙しい、その理由は、しっかり者だからだ

 日本野球は重たい。優雅でも感傷的でもない。「最後は気持ち」「勝ちたい気持ちが強い方が勝つ」などとクソ道徳オヤジも真っ青の解説を、オレは300回は聞いた。運動能力と技術と集中力が高い方が勝つ、スポーツは残酷だ。そして、野球の中で最も肉体の歓びが露呈する瞬間が、盗塁だ。この2つのことに女は気づいている。タカハシに声援を送るのは、決まって女なのだ。

走れ,タカハシ! (講談社文庫)

走れ,タカハシ! (講談社文庫)