「虚栄心をもった男がある対象を欲望するためには、その対象物が、彼に影響力をもつ第三者によってすでに欲望されているということを、その男に知らせるだけで十分である」とはジラールだが、『神と人との間』での穂積、添田、朝子はまさにその関係性を忠実に表している。言う間でもなく、穂積は佐藤春夫添田をタニザキ、朝子を谷崎千代と読み替えれば立派に「小田原事件」の小説なのだが、別に「小田原事件」などというスキャンダルを知っていても何の得にもならない。
 むしろこの作品の中で、添田(タニザキ役)という小説家がまさにタニザキの『呪はれた戯曲』と思しき小説を書いている、という自己言及性がまさしくハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』と『エル・ドラド』のように、「自らの過去の作品を反復し」ている自由奔放さこそ、読むべきところと考える。

潤一郎ラビリンス〈12〉神と人との間 (中公文庫)

潤一郎ラビリンス〈12〉神と人との間 (中公文庫)