「谷崎潤一郎という化け物のような大作家の小説が母国語で読める」というのが、ひょっとしたら日本人の唯一の特権じゃないか。なんて『刺青・秘密』という新潮の短編集を数年ぶりに読んで思った。こりゃ読破するしかない。

  • 刺青
  • 少年
  • 幇間
  • 秘密
  • 異端者の悲しみ
  • 二人の稚児
  • 母を恋うる記

 異常性愛を主題とした作品群はほとんど彼の代名詞だが、たとえ10歳の少年が少女の小便を飲干して恍惚を覚えたとしても、物語としては新鮮ではない。では何が面白いかと考えたがよくわからない。まず、短いというのがある。120分よりも90分の映画のほうが名作が多いように、この20ページ前後という「短さ」に何か積極的な意味があるのかもしれない。また、主題として据えられるのは抽象的な「恋愛」ではなく、個人の「性愛」なのだが、マゾヒスティックな描写が面白いのではなく、異常性愛が不均衡な権力関係から生まれることを描写しているのがスリリングで、エキサイティングで、ブリリアントなのだ。
 関東大震災後、この天才は関西に転居した。関西に行くこと(関西弁に遭遇すること)で、彼の作風は明らかに豊かになっている。時期的には『痴人の愛』以後だと思うが、この「文化的亡命者」というべき谷崎潤一郎の境遇と同じく、東京生まれでありながら震災後に関西に移った偉大な芸術家がもう一人いる。誰あろう溝口健二である。

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)