• 『潤一郎ラビリンス(10) 分身物語』(谷崎潤一郎

 谷崎の構想力に圧倒されてしまった。ここに収められた3編は、いずれも互いに補完しあう人間同士の対立、あるいは二重人格の小説である。人生と芸術、永遠の善と永遠の悪、東洋の美と西洋の美、これらの二項対立の狭間で煩悶する人間がグロテスクに描写される。
 特に『金と銀』では、凡庸な芸術家が友人である天才芸術家に憧れ(憎しみではない)「銀は金を殺す事に依って自分を金にする事が出来る」と殺人を決行する。この芸術至上主義的な考えは、谷崎本人が一人の女性(Une Femme)を愛するのではなく、次から次へと相手を変えて「永遠の女性(La Femme)」を希求していたことにも通じるのではないか。

  • 金と銀
  • AとBの話
  • 友田と松永の話