• 『潤一郎ラビリンス(16) 戯曲傑作集』(谷崎潤一郎

 タニザキ・ラビリンスもいよいよ大詰め。15巻の『横浜ストーリー』は絶版のため、しばらく読むのは後になりそうなので、さっそく最終巻を読み始め、速攻で読み終わった。次からは新潮文庫から出てる傑作たちを読み進める(だいたいは10代の頃に読んでいるのだが・・・)。

 明治四十二年、私は二十五の歳に始めて処女作を発表したが、それは小説ではなく、戯曲であつた。しかしその頃、われわれの戯曲は文壇では多少注目されても、劇壇では相手にされなかつた。われわれの方でも望みを遠い将来に嘱し、当時の劇壇を全くアテにしないで書いた。
 だから私の初期の作品には、今になつて考へると、実演には不適当な物が相当にある。私は敢えて舞台の約束を無視する気ではなかつたのだが、実地のコツを覚える機会がなかつたために、無視したと同様になつたのである。自然若い時分の私は、血気にまかせ、空想にまかせて、寧ろ小説の一形式のやうな積りで戯曲を書いた。此の集の中にもそんなものが一つや二つはあるかも知れないが、私は思ふ所あつて、「読むための戯曲」も決して一概に捨てたものではないと信ずる。読者はめいめいの頭の中に舞台を作り、照明を設け、自由に俳優を登場させて、それらの戯曲が与へるところの幻想を楽しんで下さればよい。

 その意図通りに「楽し」んだ結果、『お国と五平』という傑作を見出したのだった。

  • 恋を知る頃
  • 恐怖時代
  • お国と五平
  • 白狐の湯
  • 無明と愛染