1978年から1981年までの作品を集めた初の短編集『悲しき熱帯』は、同時期に『海の向こうで戦争がはじまる』がある。まさにその「海の向こう」の熱帯が舞台の連作である。土地の名前に深い意味はない。読めばわかるように、これは村上龍が生んだ架空の土地の物語である。レヴィ=ストロースは関係ない。

  • フィリピン
  • ハワイアン・ラプソディ
  • スリーピー・ラグーン
  • 鐘が鳴る島
  • グァム

 ストーリーテラーとしての村上龍の凄さは知っていたが、短編の形式や内容のヴァリエーションの多さに驚く。短編で得たモチーフを長篇の中に組み込んでいることもよくわかる。「スリーピー・ラグーン」のスキューバ・ダイビングは『コインロッカー・ベイビーズ』のダチュラを思わせるし、「ハワイアン・ラプソディ」のスーパーマンは紛れもなく『だいじょうぶマイ・フレンド』のゴンジーだ。
 この飛べなくなったスーパーマンは、父権(アメリカ)を象徴している。熱く閉鎖的な場所の人間は、この飛べなくなったスーパーマン(参考:「大きな翼のある、ひどく年老いた男」/ガルシア・マルケス)を歓迎し、場合によっては最大限の援助をする。すべては蜃気楼の彼方にあった物語。その地は今日も悲しく揺れている。

悲しき熱帯 (角川文庫 (5803))

悲しき熱帯 (角川文庫 (5803))